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いやし隊・気功チーム活動報告

レポート:富塚 廣さん
場  所:岩手県釜石市・大槌町・花巻市
報告日:11月5日
札幌を中心に8つの気功教室を毎週開催しているハーモニー気功会(主宰・小山内和子)は、札幌「むすびば」いやし隊<気功チーム>(小山内、難波芳子、富塚廣)として今年5月の連休に続いて、10月28日~11月5日、2回目の被災者支援の活動を岩手県釜石市・大槌町・花巻市で実施しました。

半年ぶりの被災地。
大槌町はすっかり瓦礫が片付いていましたが、建物のコンクリートの基礎だけが露出した風景がどこまでも広がっていて、復興とはほど遠い状況でした。
 
全住宅の27%、4,400戸が被害を受け、2,900戸が全壊の釜石市も同様ですが、仮設店舗の相次ぐ開店や、新日鉄釜石などの再開で多少、活気が出ているように感じられました。
 
前回人気を博した健康棒を今回もクルマに積んで、29日、フェリーで被災地に入りました。
 
釜石では<ねおす釜石>柏崎未来さんのお世話で、30、31日の二日間にわたり、高台の運動公園にある260戸の平田第6仮設住宅と鵜住居川流域の仮設A団地(100戸)の2カ所でワーク(健康棒による気功体操)を行いました。
 
前回は避難所に私たちが入っていけば良かったのですが、今回は仮設の住宅から集会所に集まってもらわねばなりません。
会場の確保や事前にチラシの全戸配布を行ってもらうなど、ねおす釜石さんにはホントにお世話になりました。ありがとうございます。
そのお陰で、いずれの集会所もいっぱいの人が参加してくれました。
 
小山内さんのワークは、身体だけでなく、心もほぐしていきます。
最初は、多少、緊張気味だった参加者の表情が見る間にゆるみ、リラックスし、冗談が飛び交い、笑いがわき起こります。
一緒に身体を動かすことで、身体も心も温まり、心が通じ、おしゃべりをはずませ、心の奥底からの笑いを引き出す、そんな効果があるようです。
 
前回5月は、大槌や釜石に宿泊できる場所がなく、花巻から片道2~3時間かけて大槌を往復したのですが、今回は鵜住居川流域の仮設に泊まることができ、助かりました。
 
その鵜住居の仮設の近くに31日、「鵜(うーの)!はまなす商店街」がオープンしました。
食料品店、食堂、パン屋、ヘアーサロン、生花店などの9店舗、いずれも被災して営業できなくなった方達が震災に負けずに立ち上がったのです。
オープニングイベントに近くの仮設からたくさんの人たちが集まり、賑わっていました。
<ねおす>のユニフォームを着た人たちがイベントを支えており、ここに拠点を維持して地域にしっかり根付いた活動を展開していることを示していました。
山に囲まれた鵜住居川流域はお店一つなく買い物に不便だったので、仮設商店街の開店は被災者も助かり、地域の元気をつくり出す大きな出来事でした。
 
その日の夕食は<はまなす商店街>の食堂でいただきました。
思いがけず、食堂のスタッフのみなさんや隣りのパン屋さんのご夫婦とその食堂でワークをすることになり、開店準備で疲れた心身を健康棒で癒してもらいました。
 
3日目から大槌へ。
半年ぶりの安渡小学校。
広いグランドに所狭しと仮設住宅が建っていました。
健康棒を持った人が仮設から出て来ました。
半年ぶりの再会。
抱き合って涙の再会でした。
4ヶ月もの長い避難所生活を経て、7月中旬に仮設に移ったそうです。
当時、被災者であふれていた体育館が今はガランとしていました。
そこでワークを行いました。
みなさん、うれしそうでした。
午後は大槌第8仮設でワーク。
そこでも安渡小の避難者に再会しました。
 
4日目は大槌町小鎚第4仮設でワークを行い、中心部で前日再開したばかりの喫茶店で昼食をいただきました。
泥出しと改装に半年かかったそうです。
 
大槌の街の再生計画は住民議論の真っ最中です。
14mもの防潮堤の建設計画が町から示されていますが、コンクリの高い塀に囲まれた生活をしたくない、海が見えないから津波被害が大きくなった・・など反対論も多く、まだまだ再生計画のコンセンサスづくりに時間がかかりそうです。
 
5、6日目は、花巻に移動。
沿岸部からの花巻市内避難者を対象にワークを実施しました。
元県立花巻女学校の校舎が「まなび館」という生涯学習施設になり、そこの和室で初日は大槌の被災者、翌日は釜石、陸前高田、釜石の被災者のみなさんに集まってもらい、実施しました。
 
大槌と花巻でのコーディネートは「ゆいっこ花巻」。
ゆいっこの「お茶っこ」とジョイントしての開催でした。
 
まなび館でのワークのあと、午後は被災者のお宅へ石油ストーブを届けに伺い、体調の悪い方には小山内さんと難波さんが個人調整を行いました。
私はストーブを運んだり、お年寄りの一人住まいのお宅にはストーブを箱から出して、セットも行ってきました。 
 
<ゆいっこ花巻>の「お茶っこ」やお宅訪問に同行して、これからの支援のあり方が少し見えてきました。
 
<ゆいっこ花巻>の増子義久さんは、これから支援が本当に必要になってくるのに、関心が薄れていっているのに危機感を持っていました。
 
お宅訪問したKさんは、いままでは無我夢中だったが、時間が経って、全てが津波に流された喪失感を強く感じるようになり、加えて津波で亡くなった親の遺産相続で兄弟のいがみ合いもあって、持病を悪化させていました。
 
30km圏の南相馬市から花巻の雇用促進に避難されたTさんは、花巻で第3子を産み、今日が100日目でした。
夫は仕事のため南相馬に残っているのですが、仕事も生活も一人でこなさなければならず、身体を壊してしまいました。
Tさんは放射線による子どもの健康被害を心配し、南相馬に戻るかどうかで悩んでいました。
子どもが学校になじめず沿岸部に戻った家族、自分のせいで家族を死なせてしまったと悩んで精神科に通っている方、被災者の自分を見る近所の目を気にして毎日生活している方など、それぞれが事情を抱えて困難に直面しているのです。
 
そうした悩みは時間が経てば経つほど深まっているのです。
一人ひとりの困難に寄り添っていく支援がいま、求められているのです。
ゆいっこ花巻はもう一度体制を組み直して、
そうした課題にこれから取り組もうとしています。
 
支援はこれから必要なのです。
私たちもそうした被災地の課題に何が出来るか、真剣に考えなければならない段階を迎えているのだと思います。
 

今回は、むすびばのみなさん、ねおす釜石のみなさん、ゆいっこ花巻のみなさんに本当にお世話になりました。
ありがとうございます。
 
       札幌<むすびば>いやし隊・気功チーム
          小山内和子・難波芳子・富塚廣(文責)