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現地レポート 陸前高田市

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レポート:千葉 英希さん
場所:岩手県陸前高田市
報告日:2012年2月12日
陸前高田へ来て早12日目。
最初は何言ってんのかわかんない方言もちょっと心地良くなってきたよ。
たぶん、1ヶ月もしたら俺も間違いなくなまっているっきゃ(笑)

人口2万人の町に年間、観光客が3万人も来た美しい景観の町。
海沿いに並ぶ7000本の松の木が今は1本だけ風に吹かれ命すら奪われて立っている。
でも俺は生きてるような気がする。7000本分の力をその松に感じる。
毎日早朝、その松を横目で見ながら現場に向かってます。
毎日、無惨なガレキの町を通り抜けて現場に向かってます。
ここへ来る時、青森港から八戸、久慈、宮古、大槌、釜石、大船渡と被害状況を見ながら走りました。
車で11時間かかりました。どこも瓦礫はだいぶんかたずけられ至るところに巨大な瓦礫の山が作られていたけどその中でも陸前高田は格段被害が大きかったです。
でも瓦礫のかたずけ作業も早く半壊、全壊家屋はかなり取り壊し、かたずけられてます。
しかしながら仮設の店舗がぽつぽつと出来はじめ、なぁなぁの町にはない生業のたくましさを感じます。
『ポンテリカ』という店を見つけました。反対から読むと『仮店舗』です。
そのセンスにまた力と笑顔をもらいます。
陸前高田は伝統工法を今も守り続けている建築屋がまだあります。
ここから京都へ行き宮大工となり、北海道へ行き技術を伝承してくれた町。
なんの因果か今、俺がここ来て地元の職人逹と一緒に家を建てているなんて。
毎日、心地よい厳しさと温かい人の心に触れながら仕事をしています。
今、一緒に仕事をしている共和建設という会社もそんな昔堅気な職人の営む会社で高台に位置していたおかげで生き残った会社です。震災後間もなく社長を始め職人逹が夜を徹してで作った仮設の風呂『復興の湯』は地域の人逹の心も体もどれだけ温めたことか。
給水活動が終わる7月までやっていたそうです。
今は『復興の湯』と書かれた看板は作業場に飾られてます。何にも変えることができない宝物だね。
仮設住宅に入っているお年寄りは寒いのもあるけどなかなか外に出ようとしない(ちょっと引きこもりがち)なんで共和建設の作業場の一部にまた風呂を作り、『復興の湯』復活させすぐ隣の仮設住宅に入っている人達のコミュニティ広場にする話しも出ています。
ここの社長は情が熱い。
しかし、怒ると手がつけられないらしい(笑)
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現場は海が見える高台に位置していて(津波は間逃れたとこ)潮風が突き刺さります。
地獄をくぐり抜けた人達は厳しさと温かさと目に見えないとっても大事な何かをいつも感じさせてくれます。
あと16日間だけど体に気をつけてがんばります。
寒さ、雪と大変だと思いますがその分素敵な春を迎えられると思います。
みんな、がんばれ!
千葉 英希