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【報告】リフレッシュキャンプinいわき&那須塩原相談会(2/23-24 @いわき市、那須塩原市)

共同代表の富塚です。
全国の保養避難の受入れ団体のネットワーク「311受入全国協議会」(略称・うけいれ全国)は「リフレッシュキャンプinいわき&那須塩原相談会」を2月23、24日に実施しました。
福島県浜通りでは初めて開催するいわき市、そして県境の栃木県那須塩原市、いずれも初めての開催地です。
いわき市は「比較的線量が低い」と言われ、中通りとくらべるとあまり注目されませんでした。
しかし、事故直後の放射能プルームは中通りよりも浜通りに広がったことがわかり、子どもたちの甲状腺への影響を心配する保護者が多いのです。
同様に「福島県の外側だから」と、公的支援や民間支援から取り残されてきた県境ですが、放射能のプルームは関東平野へも広がっていきました。
栃木県北部の那須塩原市はもっとも線量の高い地域の一つです。

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【いわき相談会】

中通りは新幹線が走るのに、浜通りは交通の便が悪い場所が多いです。
といっても、いわき市は県下最大の人口を誇る都市です。
いわき市へは、JR磐越東線が走っていますが、本数が少ないので、高速バスの方が便利です。
私も高速バスでいわきに向かいました。
雪の積もっていた郡山から1時間30分で、雪のないいわきに到着。
8階建ての駅前再開発ビルのラトブ(写真下)、その6階の企画展示ホールが会場です。
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今回は、CRMS(市民放射能測定所、福島市)による健康相談ブースとSAFLAN(福島の子どもたちを守る法律家ネットワーク)による法律相談ブースを併設。
また、今回も北海道からじゃがいもと玉葱を用意し(らる畑、有機農業ネットワークの協力)、来場者から大いに喜ばれました。
地元の「いわきの子供を守るネットワーク」(代表・團野和美)が開催準備と当日の運営に尽力していただき、スムーズな運営ができました。
團野さんはじめ会員の方のお子さんが北海道での保養キャンプに参加しており、そのつながりで今回協力してもらうことができたのです。
いわきでの初めての相談会に寄せる期待も大きかったようです。
午後2時から6時までの予定で相談会が始まりましたが、地元の團野さんも驚く130組ほどの来場者が訪れました。
むすびばのブースには16組の相談があり、休む暇もないほどでした。
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むすびばブースの16組中15組がいわき市内から、1組だけ二本松市から来られた方がいました。
今回目立ったのは、2家族で各ブースを回られている方が多かったこと。むすびばの16組中8組がそうでした。
10歳の子のお母さんは、外遊びが減って、子どもが肥満傾向にあり、長期の保養希望とのことでした。
小学校5年の双子のお母さんは、子どもだけを線量の低い場所に転校させたいとのことでした。
「オンコのかけはし」の殿平さんが受入れ可能との返事をいただき、つなぎました。
お母さんは子どもたちと充分相談し決めたいと話していました。
フクイチ事故のあと双子を出産したお母さんは「ここにとどまっていていいのだろうか」とずーっと悩んでいますと言ってました。
この他、「いわき出発の保養プログラムがないんですよね」「毎回、保養先をさがして疲れます。毎年同じ保養先に行けるのが理想です」との声も聞かれ、今後の企画立案に大変参考になりました。
地元からは、夏休みに向けてまたぜひ、いわきで開催してほしいと強い要望がありました。
【那須塩原相談会】
2月24日の那須塩原市での相談会は11時から15時まで東那須野公民館(栃木県那須塩原市)で行われました。
同公民館は新幹線那須塩原駅のすぐ裏手にありました。
原発の爆発の時、多くの避難者がここで新幹線に飛び乗り、乗り捨てられた車が駅周辺の駐車場にあふれたそうです。
市内に入り、バスの中で放射線量を測ると0.2μs/hまであがりました。
CRMSの人たちが周辺一帯の空間放射線量を計測したところ「0.3~0.5μs/hが満遍なく広がっていて、福島市中心部よりも高い」と言ってました。
今回の相談会を地元で準備した「那須塩原放射能から子どもを守る会」の副代表、瀧アケミさんによると、事故当時は1μs/hを越える場所もあり、雨樋は200μs/hもあったそうです。
それでも、多くの人が無関心で、移住や保養を求める声が聞かれない、今日は誰も来ないかもと言っていましたが、ふたを開けると50組くらいの方々が来場されました。
cimg9941.jpg(会場の東那須野公民館駐車場)
むすびばのブースには、9組の家族が来られました。
大田原市、日光市、那須町、塩谷町と那須塩原市の近隣地区からの来場者が多く、栃木県北部が広範囲に汚染されていることを物語っていました。
相談者からは「支援してくれる人がいるということがわかり、心強い」と言ってくれる人、一方で、「もっと線量の高い福島を優先しろ」と夫に言われ、遠慮しながら来た人もいました。
実際、「福島ではないけど、参加していいんですか」と聞かれる方もいました。
いままで障がいのために保養に参加できなかった広汎性発達障害の子(小1)を札幌協働福祉会の春休みキャンプにつなぎ、参加決定しました。
 
【今回の2カ所の相談会を終えて】
全国の受入れ団体のパートナーとなる被災地側、送り出し側のネットワーク化が見えてきたことは大きな収穫です。
そして、福島県内では声もあげれない状況があるなかで、県境の栃木や宮城等周辺部から声をあげることがそうした人々を
励ますことになり、不安や心配を顕在化させることにもつながることを確認できたという点で意義ある相談会でした。(終わり)
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(函館・深川・札幌がそろい踏みした北海道ブース)